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1667年(寛文7年)、今から350年前ですね、江戸の材木商、吉田勘兵衛さん達による入り海の大干拓事業によって、東海道筋の経済圏を支える生産地「吉田新田」が誕生しました。それから時代は下って、1859年(安政6年)に横浜が開港されました。吉田新田の沖合を埋め立てて開港場とし、東海道筋から開港場に至る主要路として「横浜道」が整備されて、その起点である「吉田橋」に関門が設けられました。このことにより関門の内側を「関内」、外側の旧吉田新田を「関外」と呼ぶようになりました。
開港場として国内外から流入する人々や文物によって、関内地区は急激に発展しました。一方でこの地区の発展とともに、多くの人々の仕事や生活、そして娯楽を支えるために街場化していったのが関外地区なのですね。横浜が国際的港湾都市として成立し、発展し得た背景には、その礎となった吉田新田が存在し、そこには横浜関内・関外が一体となって発展してきた歴史があるのです。

 

その吉田新田が、今年で完成から350周年を迎えます。

 

この記念すべき年に、「関内・関外地区活性化協議会」(会長 北村宏)の参加団体を中心に設立された「YS350(横浜吉田新田350周年記念プロジェクト)実行委員会」(委員長 高橋一成)では、吉田新田から横浜開港、現代に至る歴史の舞台となった関内・関外地区への先人たちの想いを再発見し、未来を担う子どもたちに伝えることを目的として、年間を通じて市民発意による様々な事業を実施します。

 

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